光がさした。薄暗かった私の世界に光が満ちた。
生まれ変わったような気がした
Details
33:59
- Chapter
-
泡沫の箱庭
- Duration
- 33:59
- Release
- Dec 31, 2025
- Characters
-
ドロリス / 三角 初華
,
モーティス / 若葉 睦
,
ティモリス / 八幡 海鈴
,
アモーリス / 祐天寺 にゃむ
, and
オブリビオニス / 豊川 祥子
Text
210
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これからお話ししますのは、
秘密を抱えた彼女の……三角初音の話
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長年連れ添った妻を亡くして絶望した父と、
同じくその妻を慕っていた豊川の別荘の管理人だった
母との間に私は生まれた
私のことを知った父は
母と私を東京に呼び寄せ、一緒に暮らそうとしたらしい
だが、婿養子だった父が豊川の血を流れない私を
籍に入れることはすなわち失脚を意味する
それを知った母は父に迷惑をかけまいと
この島でひとりで私を育てることを決意した
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島の漁師だった養父は
そんな母を私ごと受け入れてくれた
妹の名前は初華。私とよく似た顔をしていたが明るく積極的で
私とは正反対
『大きくなったらアイドルになるの!
ぜったいに東京に出るから!』
応援の言葉をかけながら、妹に対するコンプレックスで
いっぱいだった
養父はこんな私を可愛がってくれたが
その優しさがなおさら家族の中での私の異物感を
際立たせた
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夜の山で星空を眺めている時だけ息ができる気がした。
大きく息を吸う。何度も何度も、大きく、大きく…
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夏が来た。夏休み、私と初華は
母が養父に作ったお弁当を届けに漁港に行くのが日課だった
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初華はひとりで食べるには少し、
多めのお菓子を掴んで。急勾配の坂道を元気よく駆け上がる
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私を急かす声に顔をあげる。
山のてっぺんに豊川家の別荘が見えた
私は知っていた。夏には私と同じ年の姪がくる。
教えてくれたのは母だった
絶対に会ってはいけない、その子の名は——
豊川祥子
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同じ豊川の子なのに祝福され、しあわせに暮らしている
なのに私は——ひとりぼっち
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立ち止まってしまった私を不思議に思ったのか
初華は私の視線の先を見て、にこっと笑った
『おととい、あそこの子と遊んだよ!
さきちゃん、かわいかった〜!』
『さきちゃんはね〜、な〜んでも知ってて
なんでもできて! 東京のこといっぱい話してくれて!』
『東京でアイドルになりたいって言ったら
応援する、って約束してくれたんだ〜!』
私は母に決して会ってはいけないと言い含められていた。
互いが不幸になる、と——
『え? なんで? 変なの! もう遊ぶ約束しちゃったもん!』
私に言われても聞かないだろう。
その手に掴んだお菓子はきっとさきちゃんの分なのだ
初華がさきちゃんと何をして遊んだか
何を話したかをまるで記憶を共有するかのように
こと細やかに話してくれた
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さきちゃんに誘われ、虫取りに行ったこと。
大きなカブトムシを取ってあげたこと
Illustration · 2
夏の夜の間、私は初華から
たくさんのさきちゃんの話を聞いた
どんな子だろう、どんな子だろう、どんな子だろう!!
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さきちゃんの隣にいるのは
初華ではなく私だと想像し、夢見て——
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初華だけずるい。私も遊びたい。
ずるい、ずるいずるい、ずるい!
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『明日東京に帰っちゃうんだから、会いたかったのに〜』
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気づけば別荘の前に立っていた。
あの別荘に決して行っちゃダメ。静かな母の声を思い出す
楽しそうな笑い声……私はこんなふうに笑ったことがない
『虫を取りに行こう! おおきな蝶々がいる場所
知ってるんだ!』
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私は初華の笑顔を真似た。
そうして一日中さきちゃんと遊んだ
初華のように大きな声ではしゃいで
初華のように笑って信じられないほどたのしかった!
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『迎えに行くよ! 窓を叩いたらそれが合図だから!』
さきちゃんに教えてもらった部屋の窓を目掛けて
小石を投げた
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『初華がいっしょですもの!
冒険のはじまりのようで、ワクワクしますわね!』
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『こと座、白鳥座、わし座……
ふふ、夏の大三角!』
『オリオン座、蠍座、射手座、シソウヤライのななつ星』
心から思った。知っている星をぜんぶ言って横を見ると——
さきちゃんが私を見つめていた
『初華は不思議な人ですわね。いつもはお日様みたいに
明るいのに、今日は月のように優しくて…』
光がさした。薄暗かった私の世界に光が満ちた。
生まれ変わったような気がした
生まれてずっと私は可哀想な子だった
可哀想なだけだった私を『人間』にしてくれた!
やさしいさきちゃん、私だけのさきちゃん!
さきちゃん! さきちゃん、ずっと一緒に!
でもさきちゃんの天の川のようにキラキラ輝く目に
見つめられたら何も言えなくなった——
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これが『嘘つき』のはじまり。これが『秘密』のはじまり
誰も知らない知られてはいけない。自分で自分の首を絞めた。
秘密を抱えた彼女の話——
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私は泣き続ける初華を慰め続けた。
自分はおねえちゃんだから泣いちゃだめだ
お母さんや初華を支えなきゃ
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可哀想な私を見て欲しいから?
悲劇ぶって同情集めるの得意だよね?
『さきちゃんが好き』? 本当に?
ぜんぶ嘘! 嘘ばっか!
かわいそうな私! 悲劇のヒロイン!
でも幸せな子がいないと演じられない
違う違う違う違う違う………!!
さきちゃんに会いたい……
さきちゃん、さきちゃん、さきちゃん……
さきちゃんさきちゃんさきちゃんさきちゃん!!!
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その夜。私は少しばかりの荷物と
貯めていたお小遣いを持って——家を出た
冷たい夜風が耳の横で唸る中
どんどん小さくなっていく島の影が
お葬式で小さく背中を丸めて泣いていた母の姿と被って
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『全国のど自慢大会五連覇の純田まなです!
まなといっしょにアイドルになろ!』
アイドルになったらさきちゃんに見つけてもらえる
かもしれない
『私』じゃ……『初音』じゃダメだ。
私はさきちゃんが知っている人間にならなきゃ
未成年の私が東京で暮らすには親の許可が必要になる。
豊川定治、本当の父の名前を告げた
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そうすればまた少しさきちゃんに近づけるかもしれない。
事務所の人は小さく驚いた
ただどうしてそれ以上聞かれなかったのか。
どうして島に戻らずに済んだのか。
この時の私は何もわかってなかった
初華になった私はsumimiとしてデビューが決まった
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都心に新しく建った、大きな商業ビルのお披露目イベント。
デビュー前の新人が立てるには
不思議なくらいのきらびやかなステージ
歌いながら見た世界は
きらきらした大人ばかりで私には縁がないように思えた
豊川清告。さきちゃんのお父さん。
ひっきりなしに話しかけてる人たちの輪から
外れて息をついているのを見かけてチャンスだ、と思った
島で仲良くしてもらっていた初華、
それだけでわかってくれた
アイドルを目指す初華ちゃん、
お父さんが覚えるくらいさきちゃんは毎日初華のことを
話していたらしい
この人なら話してもいいのかもしれない。
私は自分の父親のことを打ち明けた
デビューの力添えがあったのだと思っている。
その感謝を伝えてほしい、と
『別荘に行ってはいけない』
どうして母は私にだけそう言ったのか
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親として恥ずかしくないんですか。
あの子は感謝してると言ったんですよ?
認知も援助もせず、親としての責任を放棄したあなたに
対して!
今からでも遅くない、彼女を豊川家に
迎え入れるよう、今度の親族会議で進言するべきです!
誠実ぶるのもほどほどにしろ。豊川の人間に知れたら、
我々どころか祥子にも累が及ぶぞ
初音にも二度と豊川に近づかぬよう、よく言い聞かせておく
今のは聞かなかったことにしてやる。
祥子が大事なら口を閉じていろ
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さきちゃんのお父さんは私のせいですべてを失った!
ううん、ちがう!
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さきちゃんから奪ったんだ!
私がさきちゃんからお父さんを!
生まれ育った大きな家を! 人生も奪ってしまった!
こんなことになるなんて思ってもなかった!
ただ……会いたくて……
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家計を助けるために、働いて、働いて、働いて……
家族も友達も笑顔も、ぜんぶ奪ってしまった
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……ずっといていいから。
ずっと一緒にいるから……
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ずっとここにいていいから。
ムジカがなくなっても、いっしょに……いてくれる?
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Ave Mujicaやろう?
ずっといっしょにいよう……!
そんなことを言ってまで
さきちゃんを騙し続ける自分が……
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Sticker · 3
初華
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翌朝
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『豊川さん、三角さん今日の練習すっぽかすなんて
どうしたんです?』
『連絡もなしにこういうのやめてほしいんですよ、
トラウマなんですよ!』
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『一体私の何が悪かったんですか?
ここにきてまだ信用してくれないんですか?』
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『三角さんに至っては連絡も取れない、学校にも来ない』
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『お宅に伺ったらポストに
一週間前のタウン情報誌が入ったままだったんですよ——』
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